トップ 特集1 江戸の文化いろいろ吉原と川柳8


江戸一の大歓楽街  -吉原と川柳-
その捌
 大門口(おおもんぐち)の制札に
     一、何者に不限馬乗物醫師の外一切可為無用、附鑓長刀門内に堅可為停止者也
と掲示され、乗物は一切禁じられてあったが、上野、浅草辺りの僧侶が、煩悩の犬に追われて、
密かに此廓へ遊びにくるのであった。
     簾越しヤツぺシ覗く御免駕
     御免駕なかに細見読んでいる
江戸時代は、斯(か)かる場所へ僧侶が足踏みすることは、絶対に禁じられてあった為、中宿へ
来て、法衣(ころも)を黄八丈、黒羽織に着換え、脇差しを帯し、天晴れ、立派な竹庵になりすまし、
大門口を乗り打ちして、目的の妓楼へ行くのが例になっていた。
句意は、醫者に化けた僧侶が、駕の中から極楽浄土の賑やかな光景を物珍しく覗くのであって、
ヤツペシとは、頻(しき)りに云う意で、また、御免駕とは、禁制御免の乗打ちの駕のことである。
次の句は、細見を見ながら、妓楼や遊女の選定に考え悩む意ならん。
細見(さいけん)とは
江戸吉原(よしわら)の遊女屋・遊女名・玉代(ぎよくだい)などを事細かに記した案内書。パンフレット。
巷間、「吉原細見」と云う。


戻る    Top     次へ