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神事

諸事入門
神職(しんしょく) 神事
1887年(明治20)以降、神社の職員に対する国の職制上の呼称で第二次大戦後は神社本庁が 仏事
この呼称を受け継ぎ、宮司・権宮司・禰宜・権禰宜の四職を設けた。 二十四節気
一般的によく神主と言うが、神主(かんぬし)は、本来は神社における神職の長を指していた。 旧暦の季節/月の異称
部首
階位 ことばの意味
神社本庁では、「階位検定及び授与に関する規程」により、以下の5つの階位区分がある 平家物語の冒頭
 ・ 浄階(じょうかい) 三の日本の文化
   神職の最高位で、長年神道の研究に貢献した者に与えられる名誉階位。 七草
 ・ 明階(めいかい) 枕草子の冒頭
   別表神社の宮司・権宮司になるために必要な資格。この階位であれば、勅裁を要する伊勢 Topへ
   神宮の大宮司以外ならどこの神社の宮司にもなれる。
 ・ 正階(せいかい) 
   一般神社の宮司、別表神社の禰宜になるために必要な資格。
 ・ 権正階(ごんせいかい)
   禰宜になるために必要な資格。一般神社であればこの階位で宮司になれる場合もある。
 ・ 直階(ちょっかい)
   一般神社の禰宜に必要な、基礎的な階位。
身分
神社本庁では「神職身分に関する規程」により、特級、一級、二級上、二級、三級、四級という
身分の区分がある。
服制
神社本庁では正装・礼装・常装の服制を定め、上記の身分別に規定がある
職階
神社内での役職の順位を職階という。
一般的には、宮司(ぐうじ)・禰宜(ねぎ)・権禰宜(ごんねぎ)
別表神社の一部では、宮司の下に権宮司(ごんぐうじ)を置いている。
簡単に言えば、宮司は神社の代表者、権宮司は副代表、禰宜は宮司の補佐役、権禰宜は
一般職員である。
巫女(みこ)は正式には神職に含まれない。
職階と階位は別物であり、職階が上の方が神職としての地位は上である。
つまり、明階の禰宜よりも、正階の宮司の方が上である。

余禄 安芸の宮島 厳島神社のこと
正式には「宗教法人厳島神社」という。職員は60から70人。
「権宮司」の「権」とは「次」という意味があるらしく、宮司に次ぐNO2である。
国内にいったい神社はいくつあるのか、国学院大の岡田教授・加瀬講師グループの調査
平成二年から七年(1990〜1995)によると七万九千三百三十五社であった。
ちなみに、延長五年(927)に完成した『延喜式』(えんぎしき)神名帳に記載されている神社
の数は、二千八百六十一社であった。当時はまだ地域の共同体が祭神を祀る信仰が中心
だったと考えられる。それが平安中期以降、中央政府の尊崇(そんすう・・・尊び崇める)を
得た祭神を地方へ勧請(かんじょう)することが多くなっていき、神社数が増えていった。
神社名は伊勢・石清水・賀茂・稲荷・春日・住吉・日枝・祇園・北野などである
全国に約8万社あるが、一番大きい神社でも職員は100人いるかいないかで、このクラスの
神社でも全国で10社に満たないので、中四国ではもちろん、全国的にも厳島神社はかなり
大きな神社といえるのではないか。

厳島神社の知られざる“舞台裏”
他の神社と大きく違う点は、舞楽、雅楽など古来の伝統行事・まつりごとと貴重な文化財
が数知れずその維持保存が、大切なことである。
通常の出勤は午前8時から午後4時までで、昼休みの休憩時間は神社にはなく日曜、祭日
も交代で出勤し、「年中無休」のサービス業である。
神主と巫女(みこ)だけは出勤前には必ず潔斎(けっさい・・・神仏に仕えるため、酒肉を避
けけがれた物に触れず、心身を清らかにしておくこと。)をして身体を清めてから仕事に就
かなければならない。神社の社務所に男女別々に潔斎場があり神主は、毎朝出勤前に入
る。

厳しい掟
神社の制服「白衣・袴」は、朝家を出るときから着用して出勤してもよい。
しかし、この白衣・袴を洗濯するときは、他のものと一緒に洗うことは禁じられており、また
洗った白衣・袴を干すときも、物干し竿はそれ専用のものでないといけないという。
神主で子供が産まれた場合、産穢(さんえ・・・・出産したとき、その産児の父母の身にかか
るという穢れ(けがれ・・・死・疫病・出産・月経などによって生じると信じられている不浄。罪・
災いとともに、共同体に異常をもたらす危険な状態とみなされ、避け忌(い)まれる。)
江戸時代は、父は七日間、母は三五日間出仕・神事などを慎むとされた。)といって、今も
三日間神社に出社できないし、巫女(みこ)も生理中出社できない。という厳しい掟の中でそ
れぞれ勤めを果たしているという。

苦労
高額な火災保険料と台風時の高潮であと五〇センチも潮位が上がると、社殿の存在がどう
なるか予測できないそうで、最も気がかりなことであるという。

安すぎる入場料   
昇殿初穂料(入場料)    大人300円  高校生200円  小中学生100円
厳島神社昇殿時間は季節によって違うが状況判断で6:30〜 17:30前後か?

鳥居(とりい)
聖域と俗界の境界に立ち、その内を汚(けが)してはならないことを示しているのが鳥居である。
かって、神が人々の求めに応じて聖地や儀式の場に降臨してくるものと考えられていた。その
神の降臨を仰ぐための目印となる依り代(よりしろ)という柱が重要であった。
正月の門松も依り代(よりしろ)である。
その種類は神明系と明神系に大別される。
鳥居から社殿に続く道を参道というが、その中央は「正中(せいちゅう)」という神の通り道とさ
れるので避けて歩くのが作法とされている。

石燈籠(いしどうろう)
鳥居の向うに石燈籠が見えるのは、雰囲気のある風景ではあるが、この燈籠は仏教に起源を
もつ。仏教の供養は香・花・燈明で、無知の暗闇を照らす仏の智慧の象徴とされる燈明は重要
とされた。香炉・華瓶(花瓶)と燭台(こうろ・けびょう・しょくだい)は必要な仏具で三具足(みつぐ
そく)と呼ばれる。
神道では重要な儀礼は深夜の浄闇(じょうあん)の中で行われることが多かった。
やがて神仏習合が進み神社にも仏教的建物が建てられたり、儀礼が行われるようになると、
神社の境内にも燈籠が採り入れられ、氏子・信者による寄進が増えて境内に並ぶようになった。
のである。様々な形式があり、春日形・平等院形・八幡形などがある。
 
忌火(いみび)
神道は闇を大切にするが、同時に調理に使うも神聖視する。
神事や神饌(しんせん・・・・神に捧げられる食事)に用いられる火は、日用の火とは別に神聖な
道具を用いて新たに作るのである。日用の火は心同様、穢(けが)れているからである。
神事のために起こされる火を「忌火」という。
伊勢神宮の内・外宮に忌火を使って神饌(しんせん)を調理するための忌火屋殿(いんびやでん)
がある。ここで用いられる火は、火鑽杵(ひきりきね)と火鑽臼(ひきりうす)という、古式ゆかしい
木の道具を使い、擦り合わせて作られるのである。

手水舎(ちょうずや)・・・禊(みそぎ)の心
神社の境内の一角に水盤が置かれているのをよく目にする。水盤には柄杓(ひしゃく)が整然
と並べれている。この手水舎は、参拝者の喉を潤すためのものではなく、神道の神様は不浄
を嫌うため、神前に進む前に手と口を清めるためにある。即ち禊(みそぎ)である。
禊は黄泉(よみ・・・冥界)より戻ったイザナギが日向の阿波岐原(あわぎはら)で身を清めた
ことに始まるといわれ、本来は海や川が身を清める場とされていた。玄界灘の孤島にある福
岡県の宗像大社の沖津宮は聖地であり、一般には五月二十七日の大祭の時だけ、島の浜
で裸になって禊を済ませてから上陸する決まりが現在でも続いている。清めるのは表面的な
汚れではなく、欲望や悪事で汚れてしまった「心」の方である。
心を洗うために身を洗うのが禊なのである。
参詣のたびに沐浴するのは負担が大きく、手と口をすすぐ事で禊に代えたのが手水舎である。

手水舎の作法
   手水舎の前で軽く一礼
   右手で柄杓を持ち水を汲み左手を洗う
   次に柄杓を左手に持ち替えて右手を洗う
   再び柄杓を右手に持ち替えたら、
   左の掌(てのひら)をくぼめて水を受け、これで口をすすぐ
   柄杓に直接口をつける「杓水しゃくみず」は忌(い)まれるので注意する
   口をすすぎ終わったら、左手を洗い
   最後に柄杓を立てて柄の部分い水を流して柄を洗う
   ハンカチなどで手をぬぐったら、軽く一礼をしておわり

注連縄(しめなわ)
藁(わら)を左巻きになって作る儀礼用の縄のことである。
一般的には正月飾りとして神棚や玄関に飾られ、日本人には馴染み易い祭具である。
注連縄の意味するところは、聖域などを神の場所として結界(けっかい・・・一定地域を聖域と
して定めること)するための道具ということである。
注連縄の初見は古事記は尻久米縄(しりくめ)、日本書紀には端出之縄(しりくめ)と表記され
た次ぎのような神話である。
『須佐之男尊(スサノオノミコト)の暴虐に怒った天照大神(あまてらすおおみかみ)は天の岩戸
戸に隠れてしまったので天(あま)が下は真っ暗になり、種々の災いが起こった。困った神々は
一計を案じ岩戸の中から誘い出す事に成功した。そして岩戸に注連縄をかけて「もうこの中に
入らないでください」と天照大神に云った。』

日本一の注連縄は福岡県宮地嶽神社(みやじだけ)の直径二.五メートル、長さ十三.五メートル、
重さ五トンもある。

玉垣(たまがき)
注連縄は結界のために張られる。
玉垣も神域の結界を意味する。
どんな素材の柵(さく)でも玉垣という。一般的には石に奉納者の名前が刻み込まれている。
この刻字を読み取ることで歴史の一端がわかるようになる。
廿日市天満宮の玉垣・・・左 越中 高岡 丸一庄蔵、   右 宮内 武田 狂気之薬

玉砂利(たまじゃり)
寺院ではあまり見受けないが、多くの神社が本殿周辺に玉砂利を敷いている。
伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)に「お白石持行事(おしらいしもちぎょうじ)」がある。
式年遷宮は二十年に一度社殿や神宝をすべて造り直し、祭神を新しい社殿にお移しするもので、
「お白石持行事」は新しく造られた社殿の周囲に、宮川(みやかわ)上流から拾い集めた白石を
お清めし、敷き詰める行事である。
玉砂利は境内を清浄に保つために、また土だとぬかるんでしまうので、排水性が良く、儀礼が行
い易くなるようにぬかるみ対策として、さらに雑草対策もあるのである。

狛犬(こまいぬ)
鳥居に次いでよく目にする狛犬は、参道の両脇にあって悪しき者が入らないように見張っている
お寺の仁王様と同じだが顔・形とユニーク造形が多く、愛嬌さえ感じる存在である。
頭に角があって口を閉じているのが狛犬で、角がなく口を開いているのが獅子だという説があ
る。・・・・開口--阿形あぎょう、   閉口--吽形うんぎょう という。
神社の境内に鎮座しているのは獅子・狛犬以外にもいる。お稲荷さんへ行けば狐が社殿を守っ
ている。狛犬は神の番犬であるのに対し、稲荷社の霊狐は神使(しんし)またはつかわしめとい
う神のお使いなのである。有名な天満宮の牛は、長年に渡り、志望校合格を念入りに祈願し撫
でていく受験生が多いので鼻筋がつるつるになっているともいう。

境内にある摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)
参拝に訪れた神社の本殿の脇や裏などに小さな社(やしろ)があることに気づくことがある。
摂社または末社という。この区別は明治の社格制度では、祭神(さいじん)の后(きさき)や子供
などの血縁の神様を祀る、本祭神が鎮座する以前からのその土地におられた神様を祀る等々
といった社(やしろ)を摂社と呼び、それを以外を末社とするとしていた。が現在ではこの区分法
は用いられていない。
大きいから摂社、小さなものを末社とも呼ぶが、特に基準があるわけではない。
摂社・末社の造られた理由はさまざまで、勧請(かんじょう・・・別の神社から祭神の分霊(わけ
たま)を移して祀ること)して来たケースが多かったと思われる。神社を管理する氏族が変わっ
たため、また、住民によって管理されていた小祠(しょうし))が強制的に神社境内に移され摂社
・末社となった。などである。

神社参拝/おみくじ/厄年/数え年

鳥居の前で軽く会釈をする
手水舎(ちょうずや)で心身を清める
本殿に向かい賽銭箱(さいせんばこ)の前に立ちお辞儀をする
賽銭を入れる
二拝・二拍手・一拝 の要領で拝礼をする(一般的な参拝方法)
伊勢神宮・安芸の厳島神社も 二拝・二拍手・一拝 なり
石見の出雲大社は 二拝・四拍手・一拝 なり
伊勢神宮について知る。

遠くさかのぼること平安時代、天台宗延暦寺の高僧 良源が一月三日没したことから元三大師
と呼ばれ、延暦十二年(1912)に人の運勢,吉凶を五言絶句の漢詩百首で作ったものが始まり
らしい。
(良い方の順から)
大吉・中吉・小吉・半吉・末吉・末小吉・凶・小凶・半凶・末凶・大凶
(おみくじの製造地)
山口県周南市の 有限会社 女子道社
二十種類あまりのおみくじは、ハワイをはじめ全国の神社仏閣五千ヵ所い及ぶ。

厄年は室町時代から公家や武家の社会で信じられて現在に至る。
その年一年の吉凶で、病苦・災難に遇いやすい数え年。
大厄 (本厄)         男 42歳     女 33歳 
・・・大厄は、死に、さんざんにつながり、大厄の前後を前厄、後厄といい、三年間は要注意。

現在、満年齢では生れた時をゼロ歳とし、誕生日が来ると一つ年をとる。
むかし生れた時を一歳とし、正月を迎えて一つ年をとっていた。
・・・誕生日が来た人は一つ足す。
・・・誕生日がまだの人は二つ足す。
我が国でこのような数え年から、満年齢に改めたのは昭和二十五年(1950)からである。

(参考: 神社入門 洋泉社、Wウィキぺディア ほか)

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